RESEARCH

分離化学のイノベーション

固液界面における微弱な分子間相互作用と分離への応用

HPLCは,医薬品分析を中心とする様々な分野で利用されており,分離分析の中心的な手法としてめざましい発展を遂げてきた。一方,主要な分離モードでは分離が困難とされる物質が依然として存在し,さらなる分離駆動源として芳香環に起因する種々の π相互作用の有効性が期待されてきた。しかし,π相互作用は非常に微弱であるがゆえに実験実証が困難で,計算化学や分光学的な解析のみで予想されるいわゆる理論的な解釈が中心であった。

我々は,HPLCにおけるカラム固定相の設計と移動相組成の最適化を図ることで,微弱な π 相互作用の定量的な理解と難分離溶質の効果的な分離に挑戦した。液相分離における効果的なπ相互作用の発現を目的として,ナノ炭素材料の最小単位であるフラーレンに注目し,C60-あるいはC70-フラーレンを固定化したHPLCカラムを創製した。その結果,π−π 相互作用と球面認識に基づく極めてユニークな分子認識能,非極性溶媒中でのCH (or OH)− π 相互作用の存在を明らかにした。さらに,π相互作用を利用したH/D同位体混合物分離,非標識の糖鎖の精密分離を実現し,また,C70カラムとハロゲン原子との間に働くハロゲン−π 結合を実験的に示した。これらの成果は,いずれも世界で初めてπ相互作用を実験的に明らかにした例であり,分子間相互作用の基礎的な知見として極めて重要な成果である。

選択的な分離・精製・検出を目的とした分子認識材料の開発

環境試料や生体試料の中の分析対象物質の高精度な定量分析の実現には,多量の夾雑成分から微量の分析対象物質を選択的に分離・濃縮する技術が求められる。

私は,有機高分子特有の分子認識能に着眼し,いわゆる分子インプリント法を独自にアレンジすることで,低分子から生体高分子を対象とした様々な分離基材合成の方法論を開発した。また,受容体の分子認識部位を模倣した分離剤を用いた化学物質の高選択的なスクリーニング手法を創出し,環境省の環境研究総合推進費の支援を受けている。さらに直近の研究において,ヒドロゲルを用いた(糖)タンパク質の選択的吸着や簡易検出についても報告しており,同種の検出技術は簡易なオンサイト分析への応用に展開している。

生体関連物質の高速・高選択的分離のための液相分離場の開発

HPLC等の液相分離における分離剤開発では,分離性能向上を目的とした材料の微細化,高機能化が求められてきた。しかし,医薬品分野,環境分野,合成化学分野においては,近年の分析検体数の増加にともない,作業時間の短縮と低コスト化が求められている。

我々は,工場レベルで合成されている汎用の材料に着目し,高速・高選択性・低コスト・低環境負荷を実現する新規分離剤である多孔性高分子(スポンジモノリス)の開発を着想した。特に,クロマトグラフィー的手法での高性能化を目的とし,バイオ医薬品の精製過程における煩雑な工程をともなう前処理,分離分析の低回収率・低再現性・高コストなどの諸問題を解決し,簡便化・高速化を実現する新規分離場を開発した。現在,自己免疫疾患の特異抗体の複数同時検出デバイス,ナノ粒子である細胞外小胞(エクソソーム)やSARS-CoV-2等のウイルスの粒子表面の化学的性質に基づく選択的な分離・濃縮を進めている。さらには,バイオ医薬品の超高速精製デバイスとして,京大発ベンチャーの立ち上げにも着手している(京大インキュベーションプログラム)。